猫の肉球と私の関係



「こんなのに慣れる日が来るのかよ、ほんとに……」
俺は、寝ぼけた気分のまま、そうつぶやいた。
目の前にそれなりに立体感のある胸と、なんか半端にそれを覆うブラ。
こいつ、見た目とちがってきっちり締め付けてて、しんどいんだよなぁ。
あと、見えねぇ先には、ケツの半分しかないパンツ。
それもお揃いの『猫の肉球』柄で……

ねぇよ! ムリに決まってんだろうが~!

Part.1

俺がTS病に罹ったと分かった時、おふくろは最初こそ驚いていたが、2・3日もすると、もう満面の笑みで俺の病室に通ってくるようになった。
果たせなかった夢=娘を持つこと、が現実となった喜びを、彼女は隠そうともしなかった。

そこらあたりは親父もおんなじで、流石におふくろよりは遠慮気味だったけど、俺の目の前で、新しい名前をなににするかをえらく楽しそうに考えてたし。

適応力高すぎだろ、おまえら! ほんとに俺の親なのか!?
苦悩する息子に対して全然フォロー無しって、おかしいだろ、人としても。
俺の心の中の叫びは、当然の如く二人には届かなかった。

退院してみたら、外付けHDDとゲームで埋まってた素敵な部屋が、案の定、ピンクのベッドカバーの上にくまさんが座ってる、キュートな女の子の部屋へと、勝手に変身していた。

マジで泣けた。
気がつけば、キュロットとキャミの格好でベッドにつっぷして、<グスングスンとやたら可愛らしく泣いてる俺がいて……

そんな俺自身が情けなくて、余計に泣けた。


今日は休日。セーラー服を着て学校に行く必要がない。
そう思っただけでもだいぶ気分が楽なのは確かだ。
でも俺は、ここんとこ着慣れてるジーンズを、あえてチョイスしなかった。

コットンのシャツドレスのボタンを止め、俺は部屋を出る。
やっと逆向きのボタン配置にも慣れた。

階段を降りるとおふくろの鼻歌が聞こえた。朝から楽しげだ。
ダイニングに入ったら、キッチンで料理をしてたおふくろが俺に気付いた。

「おはよう、唯」
「お…おはよう、母さん」

こんな、いかにもな名前を俺につけた犯人は親父だ。
なんか昔のゲームの主人公らしいが、
そう呼ばれるたびに俺の思考はいつだって一時停止しちまう。

紅茶を飲みながらスクランブルエッグメインの朝食をとる。
以前はコーヒーをブラックで普通に飲んでいたのに、
女の子になってからは全然受け付けなくなっていた。

「そういえば、唯、どこか出かけるって行ってなかったっけ?」
「あぁ、もすこししたら、俺、ちょっと双葉と」
「『わたし』、『双葉ちゃん』」
おふくろが怖い顔で訂正してくる。

「あ、あぁ、わたし、ふ、双葉ちゃんと出かけてきます」
「何時ごろ帰るの?」
「?」
「女の子なんだから、あまり遅くなるとね?」

そっか。そうだよな。これでも女なんだし、いちお。
夜遅く一人で歩いてて男に襲われたり……
…………うぅ、想像しただけで気持ちが悪くなって来た。

「その服も似合ってて、今日は一段と可愛いいしね~」
「……ゆ、夕飯までには帰ってくる」
「フフ、わかったようね。まぁ今日は楽しんでらっしゃい」
「はい」

今日のことは、学校に行く以外は家に閉じこもってた俺を見かねて、双葉が俺をさそってくれた、ってのがほんとのところ。
今の笑顔でわかったけど、母親はそんな俺のこと、結構心配してたんだろ。


「遅い!」
「ごめん」
俺は予定より5分ほど遅れて駅前に着いた。
慣れない靴と狭くなった歩幅の分なんだろう、
体が覚えてた駅までの距離よりだいぶ遠い感じだった。

「で、早速だけど、アイスクリーム食べよ? トーゼン、唯のおごりで」
「え? なにそれ? 聞いてないし」
「あたりまえでしょ。約束の時間に遅れたんだから文句言わない!」

結局俺がおごるハメになる。何ヶ月か前とここだけがかわってないのが不思議だ。

「でも驚いたなぁ~」
アイスクリームをかじりながら双葉が話しかけてくる。

「なにが?」
「唯がワンピースで来るなんて」
「いや、ゆうべさ、覚悟決めたんだ。とりあえず形だけでも『女』やってみるか、って」
「ふーん」
「それに、これでも、セーラー服よりは、かなりマシだし」
「なんでかな…… もしかして、セーラー服萌え、の男の子だったとか?」
「うっ」
「当たりか~! 女の子のリボンをこう、ほどいたりとかの妄想で」
「うるさい!」

気を取り直して二人で駅前から公園通りへ歩く。映画館へ向かう道だ。
ふと気付く。
さっきから、なんかなまあたたかい視線があっちからこっちから……

あぁ、そっか、そっか。
隣歩いてる双葉はかなり可愛いほうだ。方向性としてはボーイッシュ系かな。
だから、周囲の男どもは彼女を見て、こうして、

「それ、ちがうよ、唯」
「?」
双葉は俺の心の中を読んだみたいなことを言って、意味ありげに笑ってる。

「あいつらが見とれてるのは、ユ、イ、あなた!」
「わたし?」
「ほら」

横のショーウィンドウを双葉は指差す。
アイスクリームを手に持った二人の少女の姿がそこにあった。

双葉は俺の脳内イメージのままそこに映っている。
そしてもう一人の少女がそこにいた。
大きな瞳でそいつはこっちを見つめてる。夏の陽射しに白い肌がまぶしく輝いてて。
少し茶色がかった短めの髪。そして両サイドのリボンは風にフワフワ揺れていた。
なんかやたら清楚で……アレが……オレ……?

「あたしも結構自信あるほうなんだけど、唯、今日のあなたには負けそう。
 なんか微妙に悔しいのよね。新米の『女の子』に負けてる、ってとこが」

俺には返すことばもなかった。ただ呆然とショーウィンドーを見つめてた。

『オレ』のすがたは…もうこの世のどこを探してもあるわけなくて、
俺の知ってる『オレ』に戻るのは、もう絶対に無理なんだって、
そう、わかったから。

「行こう? 映画に遅れるよ?」
「うん」

双葉は何も言わなかったけど、その時の俺の気持ち、分かってたんだろうと思う。

Part.2

窓口で席の指定をしようとしたら、ふたつ続きの席がなくなっていた。
仕方なく、少し離れた席に別々に座ることにする。

女の子になったせいだろう、クーラーの効きすぎでやたら足元が寒い。
出掛けに母親がもたせてくれたカーディガンを、感謝しながら足に掛ける。

見れば右隣はやたらでかい、180センチはあろうかという筋肉質の、でも多分同い年ぐらいのいかつい顔した汗臭そうな兄ちゃん。
左隣はまじめそうな、細身の、大学生ぐらい? の男。

腰掛けるポジションが筋肉男から微妙に離れ気味になった。
なんか、『怖い』って思ったのは確かだった。

場内が暗くなり、始まった映画は、双葉の大好きな難病物の純愛物語。
少なくとも俺の趣味じゃないけど、いちおう双葉の顔を立てて……

10分後。ヒロインの病気が判明した時には、涙ぼろぼろの俺がいた。
なんだよこれ! とは思ったけど、胸がしめつけられるような感じで、で、すげぇ切なくて。んとに……これじゃ俺って、

その時だった。左のふとももあたりに違和感を感じたのは。
最初はなんか、偶然かなとか思ってたんだけど、
荷物とかカバンとかそんなんじゃなくて、明らかに男の手だったし。
えっ、さっきの真面目そうな奴?

でも、こーいった場合の対処の仕方、そのときは全然思いつかなかった。
「この人痴漢です!」なんて叫んで、ただの偶然だったりしたら、すごい迷惑掛けることになるし……
そう思って、とりあえずシカトして映画に集中することにした。

一度目の入院。ヒロインはわざと見舞いに来た彼氏に冷たくあたる。
わかる…… わかるよ……
今、別れてしまえば、彼氏を悲しませなくて済むんだよね。
そう思ったら、さっき出尽くしたと思った涙がもっかいドバーッってあふれてきて、ほんとうにスクリーンが見えないくらい。

モゾ…
カーディガンの下で男の手が動いた。
はっきりそうわかってても、怖くて下を見ることが出来ない。
そいつはもう側面から、ももの頂上へと向かってて。
あまりの恥ずかしさに血が一気に顔に集まる。多分真っ赤。

でも、多分ちがうよな、偶然だよな、え~っと、えっと。
完全にパニクってた俺はまともに考えることすら出来ず、男の破廉恥な行為になんの抵抗もしないままだった。

それをいいことに、その手はさらに先に進もうとする。
足に掛けたカーディガンのせいで他人からは見えてないのもいけなかった。
気付けば太ももの内側に指の感触。
そしてそれはまだ動いてて……その先には……

事態の行く先に思い至って俺の背中に衝撃が走った。
あそこか? うわっ、や、やめてくれ! それは、

俺の願いは、どの神様にも届かなかった。
両足を閉じようとする努力も、男の力の前に意味を持たなかった。

今、下着越しに、奴の指が上下に動いてる。
トイレのとき以外には自分ですら触ったことのないそこを、
布一枚隔ててるとはいえ、見ず知らずの男に好きなようにされている。

ただ、おぞましさと屈辱感だけがそこにあった。
なんでこんな目にあわなきゃいけないんだよ!!
俺、なんか悪いことしたか?

しかし事態はさらに悪化した。
クロッチ部分のヨコから奴の指が下着の中へと潜り込んできた。
あまりのことに息をのみ、そのまま固まってしまう。

指がそこに触れた。
そしてすぐに、閉じられた合わせ目を二本の指で開こうとし始める。

イッ!

それは言葉にならないまま俺の脳内の悲鳴で終わった。
出来たのは、モモをこわばらせることだけ。情けないことに。

そして男の指は合わせ目の奥の、入り口に押し当てられたまま止まった。

こ、こんなのはいやだ!
こんなんじゃなくて、もっと、

もっと? もっと…… なんなんだよ?!
はっきりしろよ俺! 今、なに考えてたんだよ。どんだけ、

しかしそんな俺の混乱を打ち砕く衝撃が下半身からやってきた。
男の指が中に侵入を開始したのだ。

「いや! やめて!」
激しい痛みを感じた瞬間、思わず叫んだ。口に出して。

間髪を入れず右隣から腕がのびてきて、痴漢の腕をつかみあげた。
「てめぇ、なにやってんだ!」

そのまま筋肉男は立ち上がり、抵抗する細身を引きずって座席から通路に向かう。
座っていた客たちもあわてて身をねじって道をあける。

私は一瞬あっけにとられたけど、なんとか思考を取り戻し、
乱れた裾を直しながら、二人のあとを追いかけた。
気付けばすぐうしろに双葉がいて、ものすごく怖い顔をしていた。
さっきの私の悲鳴が聞こえたんだろう。

ドアをくぐると、ロピーでは筋肉男と細身がにらみ合ってた。
突然、後ろに居たはずの双葉が走っていく。
「ふざけんじゃないよ!」
確か双葉は実戦空手の有段者だったはず。

そして、双葉が殴りかかったのは筋肉男のほうだった。
「双葉! ちがう!」
私の言葉の前に双葉の攻撃は放たれていた。
しかし、それは筋肉男の手のひらで苦もなくブロックされた。

「えっ?」
双葉があわてて私を振り返る。
「逆! その人じゃない!」

気付いたら細身の姿は目の前になくて、はるか離れた出口から消えるところで、追いかけても、もう間に合いそうもなかった。

Part.3

「ご、ごめんなさい」
「いえ」
双葉は筋肉男に神妙に頭を下げてる。ほんとにひどい勘違いだったし。

ショックから立ち直ってない私は、そんな光景をボーッと見てた。
そして、まだ彼に助けてもらったお礼を言っていないことに気付く。
あわててそばに行く。
やっぱり見上げるような背の高さだった。

「ほんとにありがとうございました」
深々と頭をさげた。心からそう思ったし。

「いえ、まぁ、別に、その」
顔を上げたら、その人は真っ赤な顔をしてた。

十分にお礼を言ってから、双葉と映画館をあとにした。

「唯?」
「?」
「ウチ寄ってかない?」

帰り道、双葉がそう言い出す。

「シャワー浴びてさ、気持ち落ち着かせたほうがいいと思うんだ。
 このまま家に帰っても心の整理つかないよ、多分。
 さっきのってさ、色々な意味で唯にはショックだったと思うから」

「……ありがと、双葉」
彼女の優しい言葉に、思わず涙が出た。

ここまで来る途中も、忌まわしく肌に残された感触が次々と蘇ってて。
一刻も早く、あの男が触れた場所をすべて洗い流したい。
なんの痕跡も残らないぐらいキレイさっぱり、って、そればっかり考えてた。

双葉は、そんな私の思いにちゃんと気付いてくれてた。

携帯で家に連絡をした。双葉ちゃんの家に寄ってから帰るって。
心配するといけないので、映画館でのことは言わなかった。


シャワーを浴びた。
いくら洗ってもおぞましい記憶を洗い流せはしなかった。
なおも泣きながらゴシゴシ洗ってたら、ついには痛くなって、見れば左のももは真っ赤になってた。

ガシャッ
「入るよ」

入り口の扉があいて双葉が入ってきた。

「やっぱりね~ そうじゃないかと思った」
私の涙と真っ赤になったモモを見て双葉はそう言った。

歩み寄ってきて私を抱きしめ、耳元で話しかける。

「女の子の体はデリケートだから、
 男だったときみたいにゴシゴシこすったら、
 傷だらけになっちゃうの。わかった?」

「…わかった」
「じゃあ、落ち着くまで私がこうしててあげるから」

シャワーのお湯が降り注ぐ中、
双葉に抱きしめられたまま、私は子供のように泣きじゃくっていた。


やっと気持ちが落ち着いた所で双葉から離れる。
そしたら当然だけど、目の前に双葉の大き目のオッパイがドーンと。
で、くびれたウェストの下には黒い陰りがあって……
うわっ!

「どこ見てキョドってんのよ。ったく、もう。ほら!」
双葉は私の胸と下半身を指差した。
「これも、これも、おんなじでしょ?
 自分が女の子だっていうこと、そろそろ自覚してくれないと」
「だ、だよね」
「もう、出るよ」
「はい」


双葉の家族は夜まで帰ってこないらしい。
私は借りたスウェットを着て、食堂の椅子に座りウーロン茶を飲んでる。
バスタオル一枚の双葉が、牛乳のパックを口飲みしながら話しかけてきた。

「突然女の子になったから、耐性がないのは確かだけどね~」
よっこらしょ、っと言いながら、
テーブルの向かいの椅子を逆に向けて腰掛ける。

……女同士とはいえ、背もたれをはさんでM字開脚はどうかと。
それもバスタオル一枚で。双葉さん、ちょっと漢前すぎませんか?

「女って、胸がふくらみ始めた頃から男のエロい視線浴び始めて、
 そんな中で、ま、ガードの仕方も必修科目みたいなもんでさ。
 で、目の前の唯ちゃんはそんなこと勉強しないうちに、
 痛い洗礼を浴びちゃったっていうわけで」

「でも、だいぶ、落ち着いたみたいね。
 帰ってくる途中は、そりゃもう、死んだ魚みたいな目をしてたから」

多分、そうだったろうと思う……

「あっ」
「どうした?」
「助けてくれた人の名前も住所も聞いてない」
「大丈夫」
「えっ?」
「ちゃんと聞いておいたから」

いつのまに?

「あなたパニクってて無理っぽかっから、私がかわりに」
じゃ、送るね~と言ってすぐ、私の携帯が着信音を立てた。

「ちゃんとお礼をいわないとね」
「うん、そうする」

Part.4

翌日、ケーキを持って彼の家に行った。

昨夜、母と二人だけの時に映画館での事を話したら、突然抱きしめられ、双葉と同じように力いっぱい慰めてくれた。
ほんとに息が出来なくなるくらい力強く。

助けてくれた人になるべく早くお礼に行ったほうがいいと言われたので、早速今日、双葉に事情を話し、おいしいケーキ屋さんを教えてもらって、そこに寄ってから来た。

「はーい。ちょっと待ってください~」
男の声と同時にドアが開く。それは昨日の彼だった。

「こんにちわ………あの……きのう」
「は、はい」
「助けていただいて、ありがとうございました」
そう言いながらケーキの入った箱を差し出した。

「おーい、誰か来てんのか~? 押し売りだったら断っていいんだぞ」
そんな声とともにもう一人の男が……

目の前の彼氏よりもう一段大きくて…… 二人が玄関先に並んでると、ここは『巨人の惑星』かよ! って、つっこみいれたくなる光景。

「これはなんと…… おい、お前のコレか?!」
彼のお兄さんとおぼしき人は小指を立てる。

「ち、ちがうよ。この人は」
「この人は?」

「あの」
「?」
「きのう映画館で痴漢にあった所を助けていただいて、それで」

「なるほどなるほど。やるじゃんお前。いよっ! 男の中の男!
 おっと~ これはこれは。ここのケーキおいしんだよね。
 ありがたく頂きます。じゃ早速お茶の用意を……
 おまえなにやってんだ? 失礼だろ? ほら、あがってもらえ。
 ほら、早く。すみませんネェ、こいつ気が利かないもんで。
 じゃ、俺、お湯沸かしておくから」

お兄さんはケーキの箱を抱え、鼻歌を歌いながら奥へと消えていった……

「すみません、あんなしょうもない兄貴で」
「いえ、とても楽しい方だと思いますけど」
「あ、ともかくあがってください」
「じゃ、遠慮なく」
なんか楽しそうで、断る理由なんて見つからなかった。

お兄さんは昨日のことに全く触れようとはしなかった。
彼も全然。
ただ、彼が純愛映画のファンで、その上かなりの甘党であることが、
お兄さんの口から明らかにされてしまい、
彼がその大きな図体でいじけてるのが、すごくおかしかった。

思わず笑ってしまったら、怖い顔でにらまれて、
「ごめんなさい」って謝ったけど……でも楽しかった。

途中で気づいた。
私が笑ったとき、二人そろって安心した顔を見せることを。
そう、優しい人たちだった。口は悪いけど。体、異様にでかいけど。

双葉、お母さん、そしてこの人たち。
みんな、こんなに私を大切に思ってくれてて。
昨日の出来事は決してマイナスだけじゃなく、
私の心に大きなプレゼントを残してくれたって、心からそう思った。


居心地がよすぎて、私はつい長居をしてしまった。
気付けば、窓の外は赤く染まり始めていた。

「お邪魔しました、私、もう帰ります」
「じゃ、送っていきます」
「でも」
「危ないですから」

「唯さん、そこ遠慮しなくてもいいから。
 他の事はともかく、ボディガードとしてはこいつ超役に立つから」

「なんだよそれ、全然ほめてない気がするけど」
情け容赦ない肉親の言葉に、再びいじける彼。

「じゃ、よろしくお願いします」
私は立ち上がり、彼に向かって頭をさげた。


ほとんど無言で、ほんとに口下手な人だとわかった。
家までの帰り道、ずっとそのままで。
でもそれは全く気にならなかった。
守ってくれる人がそばにいて、それだけで。

家の前に着いた。
「ありがとう」
「い、いえ」

「じゃ」
そう言って家の門をくぐろうとしたとき、彼の声がした。

「ちょ、ちょっと、待ってください」
あわてて振り返る。

「あ、あの、唯さん」
「?」
「ぼ、僕と、付き合ってもらえませんか?」
彼の顔は真っ赤だった。夕焼けのせいじゃなく。


全然予想してなかったと言ったらそれは嘘になる。
なんかそういうこと言われるんじゃないかって思ってたし、そしてその答えも私は用意してた……

「ごめんなさい。それは無理なんです。
 こんな姿格好でわからないとは思うんですが、
 私は2ヶ月前まで女じゃなかったんです。
 あなたと同じ、高校2年の普通の男の子で。
 TS病で女の子になって…… そんな人間なんです」

「……だから、おつきあいとかは」
「それは知ってます!」

えっ?!

「昼に、あなたの友達の双葉さんから電話かかってきて、
 あなたのTS病の話を聞かされました。
 そして、唯のこと絶対傷つけないでくれ、って、
 そう、釘をさされたんです」

「それが守れないのなら、会わないでくれ、とまで言われました。
 すげぇ怖かった…… そのときの双葉さん」

「あと、勘違いしないで欲しいんですけど、
 俺、恋人にしてくれなんて全然思ってませんから。
 昨日みたいなあんなことが、唯さんの身に起こるのが絶対イヤで、
 だからちょうど兄貴の言ったみたいに、ボディガード扱いで、
 全然かまわないっすから、だからそばにいて唯さんを……」

とっくに頭の中は真っ白になってた。衝撃が強すぎて。

「ごめんなさい、考えさせてください」
それだけ言うのがやっとの状態だった。


私はその晩、ずっと自分とその将来について考え続けた。
そして胸の奥にやっと見つけたひとつの確信に従うことを決めた……

Part.5

6月の声を聞いて、4月には学生であふれていたこの学食も、だいぶ人がまばらになってきている。
食堂のおばちゃんに聞いたら毎年こんな具合らしい。
スパゲティランチを抱え、いつものテーブルに座る。

遥かかなたから、地響きに似た足音。
来た。息をはぁはぁさせてこっちに向かってくる。

「ごめん、待った?」
「いいから、もうちょっと落ち着こうよ。私逃げないから」

そう、目の前にいるのは、2年前、私の危機を救ってくれた彼。
この春から同じ大学に通っている。


彼に告白された夜、私の出した結論は彼にそばに居てもらうことだった。
もちろんボディガードなんかじゃなくて。
でも、普通の恋人らしいことは待って欲しいって、正直にそう言った。
私の気持ちがちゃんと女の子に変わるまで、それまで……

「そ、それは覚悟のうえですから。でも俺、今、滅茶苦茶幸せです!」
翌日喫茶店で待ち合わせして、そのことを伝えたら、こんな感じで。
あまりに喜んでる彼を見て、私は彼の頬に思わずキスをしてしまった。

うわっ! ちょっと待って! 私なにやったの?! え~~~っ?!


「何思い出してたの? 一人で勝手に真っ赤になって。おかしいよ唯?」
大盛カツカレーを前にした彼が不思議そうに私を見つめている。
「ちょっとね。まぁ女を2年もやってると、それなりに色々あるのよ」
「異様に説得力がないな、そのセリフ」

あ、そうだ。今日は大事な話をしなきゃいけないんだった。

「あの、ちょっと聞いてくれる?」
食事が終わった所で話を切り出す。

「ちょっと耳貸して」
「なんだよ、もったいつけるなよ。そんなに内緒の話?」
「そう、ちょっと、というか、かなり」
それならどうぞ、と言いながら彼が耳を寄せてきた。

「えっと、わたしぃ~、その~」
「もうちょっと一気にいえないの?」
ぼやきながらこちらに向き直ろうとする彼の頭をかかえて、強引に耳をひきつける。

「生理が、先週、始まった」
一瞬彼の目が泳いだ。
そしてこれ以上ないくらい真っ赤になる。

「おま、なんでそんなことを、こんな場所で、どうして?」
やたらヒソヒソ声で、おかしいくらい動転して。
「だって、一番に知らせたかったんだもん」


そう…… 2年前にTS病に罹り、私は女になった。
細胞のランダムサンプリングでもすべて性染色体はXX。
見た目もあらゆる機能も問題なし。

でも、月経だけが始まらなかった。
患者によってその時期にかなりばらつきがあると、ドクターから告げられ、気にしないようにとも言われた。

まがりなりにも、彼と同じ場所にずっと居たいと思った私にとって、そのことは大きな悩みとしてずっと存在し続けていた。

甥っ子だとか、小さな子供と遊ぶ彼はとても楽しそうで、子供好きだってことは十分にわかってた。

彼に言えば、それ重要なことじゃないから、って、ひとことで終わってしまうのはわかっていたけど、私はそれでもずっとこだわっていた。

だから、先週、出血が始まったときに検査を受けて、今日の午前中結果を聞きに行って、間違いなく月経だといわれたとき、私は心の中でおっきな、それも、特大のガッツポーズをしていた。

彼と私の間では、最初の日、頬にキスした以上のことはしていない。
でも私を押しとどめていた障害物は、今きれいに消えうせた。
なによりも気持ちはとっくに……


「だから、もう、大丈夫だから」
「?」

耳元に口を寄せてささやいた。
「お待たせしました。準備オッケ。あなたの…好きにしていいから…」

彼、ポカーンとしていた。
目の前でリセットスイッチが入って再起動を始めたのがわかる。
そして。

「今、言ったこと間違いないな?」
「えっ?」
なんか恐怖。底知れぬ恐怖が。

「だから、好きにしていいって、そう言ったよな?」
「は、はいっ?」
ちょ、ちょっと目が血走ってませんか?

「よし、わかった」
そう言うが早いか私の腕をつかんで引っぱって立たせる。
そしてズンズンと歩いてキャンパスを抜ける。

「ちょっと待ってよぉ~ どこに行くの?」
「決まってんだろ。それに、女に二言はないはずだ」
それ武士ですから。

やっぱ、このまま……ホテルっていうこと?
溜まった性欲を一気に吐き出されるの? 私、これから?

でもまぁ、待たせすぎたのも確かだし。キスさえ拒んでたからなぁ。
いちおうお互い了解のうえだったとはいえ、それでもねぇ……

そんなことを考えてたら彼の足が止まった。
見回したら、全然ラブホテルとかそんな場所じゃなくて、普通に公園だった。

「座って」
「はい」
二人でベンチに座る。カバンを探ってた彼が何かをつかんで引き出した。

「目をつぶって」
「はい」

手をとられた。そして小指に何かがはめられた。
思わず目をあけてそれがなにかを確認する。やっぱり。
可愛いピンキーリングがそこには嵌っていた。

「ということで、このリングと引き換えに、とりあえず、
 ボディガードよりワンランク上にあげてくれないかな?」

「つまり、やっぱこうゆうのって俺のほうから言いたかったんで、
 だからあらためて俺から唯に、」

私はその問いに答える代わりに、彼に抱きついた。
そしてその胸の中で、思い切って聞いてみた。

「大学出て社会人になったら、その指輪の隣の指にも、
 ちょ、ちょっと違う種類のヤツを買ってくれるとか、
 そこらあたりもちょっと気にな」

「心配しなくていい。最初からそのつもりだし」

私は顔をあげて彼を見た。
おっきな笑顔が私を見つめていた。

そのまま目を閉じる。
すぐに、世界で一番優しいキスが、私の唇に舞い降りてきた。

epilogue

胸の頂に彼の唇が触れるたび、体が勝手にビクッってなってしまう。
両方の二の腕は彼の大きな手のひらにつかまれ、彼のなすがままになってること自体も、すごく心地よくて、「身を任す」ってこういうことなんだろうな、って、そう感じた。


ピンキーリングを貰ったあの日から、私たちは本当の恋人になった。
会うたびにキスをかわし、抱き合い、そして別れにはすごく悲しい思いに胸をふさがれ、彼の腰にしがみついてだだをこねる私がいて。

そんな私を見て彼はいつも笑っていた。

いつものようにデートをして、その帰り道。
彼の腕にしがみついたまま夜の街を歩いていたら、気づけば大きなホテルのロビーにたどり着いていた。

彼はフロントで手続きをして、すぐに私の所に戻ってきた。

耳元でささやかれた。
「今日は好きにさせてもらうから」

多分ここすごく高くて、彼の1か月分のバイト代飛んじゃうくらいで。
……でも、すぐにわかった。
素敵な思い出を私の為に作ろうとしてるんだって。
そしてそれは、これからもずっと続く、私たちのアルバムの1ページにするためだって……


彼の唇は胸から下へと、ついばむようなキスを繰り返しながら向かう。

緊張でこわばった私のももへ両手と唇が襲い掛かる。
もたらされた快感の逃げ道がなく、思わず彼の肩をつかんでしまう。

うながされるようにして私は足を開いた。
レースのカーテン越しのうっすらとした明かりの中でも、彼の目の前に私のが見えてるはず。

恥ずかしすぎる。
そんな私の思いとは関係なく、彼は突然ひだの上にキスを落とした。
押さえる間もなく私は声を上げていた。

何度も何度もキスが続き、息もできないくらいの衝撃が私を襲う。
彼に好きなようにされて、それがかえって限りない幸せをもたらす。

わかっていた。まだ閉じられたままのはざまの奥。
すごくいっぱい、中からあふれてること。
そしてもうひとつ。

はやく彼とつながりたい、って体中が叫んでること……

無言で彼の肩をつかみ、ひきあげる。
さからうことなく彼の顔が目の前に来て、ゆっくりとキスしてくれた。

「俺も、我慢できない」
私とおんなじ、だったんだ。
「ちょっと準備してくる」
彼はそう言ってベッドを降りて、ズボンから出したコンドームをつけてる。

戻ってきて上から私を抱きしめた彼は、私の両足の間に足をわりこませる。
あそこに彼のがあたってる。
グッってすすんできた。
淫靡な音、ぐちゅって感じの響きが下のほうからした。

ゆっくりと、中に、彼のが入ってきた。
痛かったけど、我慢できないほどじゃなかった。
そして、わかんないけど、多分一番奥まで入ったのか、彼の腰の動きが止まった。

心も体も隙間なく彼に満たされて、私はとても嬉しくなって、彼に力いっぱいしがみついた。
おかえしに濃厚なキスが唇に落ちてきて、舌が私の舌をからめるように愛撫をはじめた。

そっちに気をとられたその瞬間、彼の腰が大きく引かれ、そして私の腰にうちつけられた。
痛みと快感がまぜこぜになった衝撃に私はのけぞり悲鳴をあげた。

彼はかまうことなく激しく動き続け、私は息を満足に吸うこともできず、ひたすら声を上げたままになって、苦しすぎてもうだめ、と思ったときに、彼の動きが突然止まった。

二人の荒い息が、シンと静まり返った部屋に響き渡る。
汗をかいたまま重なり合う私たちのすぐ横、窓の向こうにはレースのカーテン越しに夜景が光っていた。


今は、私たちは天井を二人並んで見上げてる。

「もう、気にしなくても……いいよな?」
「うん」

「ちゃんと、女の子になれたよな?」
「うん」

「えっと、あと、少しは俺に感謝してる?」
「ううん、少しじゃなくてすごくいっぱい」

「そっか。じゃ言葉じゃなくて体で感謝の気持ちを表現してもらおうか、 ということで、もいっかいだ」

こうして私は、再び野獣の餌食となった。

でも、彼の愛撫を体中にうけながら、この次はどんな可愛い下着を買おうかって、頭のかたすみで考えてたのは、ちょっと内緒。


F i n



裏方  http://avec-toi.net/
2008年11月10日(月) 17時28分49秒 公開
2008-07 投稿分の再UPです